会社は続くよどこまでも

弊社の日常

出版社が営業を停止すると、取次店からこうやってfaxで案内が届きます。むかしはこういうfaxが届くと「うわ―!大変だ!どこの出版社だ!?」と思ったものですが、ここ数年はこの手の情報に驚かなくなりました。あまりにも頻繁に届くからです。

もっとも営業停止にもいろいろな形があるので、すべてがネガティブな事ばかりではありません。
この辺りは会社も人の人生も変わりません。
始まりがあって終わりがある。
入学があって卒業があるのです。

しかしこの内外出版社はちょっと大変だったみたい。
車や釣り雑誌で有名な出版社だったんで、少し寂しいものがあります。私も随分と沢山店頭に並べて販売した記憶があります。

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「月刊自家用車」「ルアーマガジン」の内外出版社が破産申請へ 出版不況で資金繰り悪化(産経新聞) - Yahoo!ニュース
東京商工リサーチによると、自動車雑誌「月刊自家用車」などを発行する内外出版社(東京都台東区)が事業を停止し、弁護士に破産申請を一任した。申請まで2~3カ月要するという。負債額は調査中。内外出版社は月

昨今の出版不況を乗り切り、新しい業態を模索していくのは大変に難しいものだという事はわかります。だいたいにおいて、昭和の頃に出版社や新聞社を創業して、成功に導く人がもし今いたとしたら、確実に出版社はやっていません。

ITとか映像とかそういう方に行っている事でしょう。

そんな中で既存の社員さん達が古い紙媒体の事業を新しい業態に持っていく事は大変に難しかったと思います。

私は家業の書店に従事する前に百貨店にいました。
まだWindows95が登場する前です。

その百貨店でサラリーマンやっていた時に、アメリカのゴア副大統領の「情報スーパーハイウェイ」という構想から、インターネット、マルチメディアという言葉を知ります。
その頃の先輩たちの中にはこんな事を言っている人がいました。

「パソコンで物を買う時代になったら、ブランド力がある百貨店が有利じゃん。今は不況だけど明るい未来もあるぞ」

のんきな事を言っていたものです・・・・・。結果はご存知の通り。

当時の百貨店の社員達はネットの時代になっても、お中元、お歳暮、ハイブランド品を売る、これくらいしか事業構想を思いつてなかったという事が思い出されます。発想と業態を変える事は難しいものですね。

かたやコンビニエンスストア。
当人たちに聞けば、いろいろと苦しんではいるようですが、それでも業態はドンドン変わって行きます。
そもそも最初はただの早朝深夜営業の小売店でした。
商店街の酒屋さんがコンビニに転業した流れで、店舗は商店街にあったですが、
どんどんロードサイドや、駅中に移動。
商材も最初は飲料・弁当だけだったのが、揚げ物におでんにドーナッツ。スイーツに冷凍野菜に、カットフルーツ。

小売り以外にも銀行、公共料金の支払い、映画やアイドルのチケット販売、コーヒーショップとドンドン変わって行きます。

業態を変更していく事は難しいのですが、こうやって成功している事例もあるという事ですね。

思えば、私も家業の書店に従事した時(30年前)は、レジの入力、カバー付、本の品出し、返品、店の飾りつけ。そんな仕事に没頭していました。

それが今では学校様・自治体さんとの打ち合わせ、出版社との連絡調整、繁忙期がくればスケジュール作成、備品発注、そして実際の作業指導。気付けば、そして日常はほとんどパソコンと格闘です。

これでいいのかなぁと思う事もあるのですが、どんどん変更していかなきゃいけない事だけは確かなのでしょう。

そんな事を考えていました。

ここ1年はAIに質問、AIに報告、さらにAIにそのまま仕事を投げる事も増えてきました。

さて5年後はどういう業態になっているのやら・・・。

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